
こんにちは、2人の男の子を育てているママです。
私は、2回の妊娠どちらも切迫早産となり、1人目は入院、2人目は自宅で安静生活を送りました。
不安やつらさもありましたが、2人とも無事に生まれ、元気に育ってくれています!
先日、次男が1歳の誕生日を迎えたのをきっかけに、妊娠中から出産までを改めて記録に残すことにしました。
同じような状況のママさんに「こんなケースもあるんだ」と、参考にしてもらえたら嬉しいです。
この記事では、2度の切迫早産の経験や、入院・自宅安静中の過ごし方、出産時のことなどをお話しします。
【1人目】コロナ禍+入院生活


切迫早産と診断されたのは、妊娠29週5日(妊娠8ヶ月)の通常の妊婦健診のときでした。
それまでは、初期に少量の出血があったくらいで、普通に仕事を続けていました(介護職だったので、ハードに動くこともありました)。
この時は、初めての妊娠だったこともあり、「お腹が張る」という感覚があまり分かっていませんでした。
時々、「お腹が硬くなっているな」と自覚することもあったのですが、自分では気づかないうちに張りが頻回になっていたようです。
内診で子宮頸管が短くなっていることがわかり、赤ちゃんの位置も下がっているとのことで、大きな病院を紹介されました。
そのまま紹介先の病院に向かい、NST(ノンストレステスト)を受けると、頻回に張りがあるとのことで入院決定、即点滴をスタートしました。



この検査中に何度かお腹が張っても、自分では全て気づかなかったです…
朝、健診に行ったきり、一度自宅に戻ることもできず、そのまま入院生活が始まりました。
同意書の記入や病状の説明のために、夫にも病院へ来てもらいましたが、ちょうどコロナ禍真っ只中。
この日を最後に、約1ヶ月半、誰にも会えない入院生活となりました。
つらかった入院生活
私が入院生活で1番つらかったのは、張り止めの点滴(リトドリン)でした。
副作用で微熱が続いたり、手が震えたりといった症状がありましたが、ある程度時間が経つと落ち着きました。
それよりも大変だったのは、点滴を24時間入れ続けることによる血管への負担です。
通常は1週間ごとに針を交換するのですが、私の場合は血管が弱く、2~3日で漏れたり炎症が起きてしまい、そのたびに差し替えが必要でした。
シャワーのときすらも扉の外に点滴のスタンドを置いて、繋がれたままの状況でした。
手は自由に使えず、動かすと痛みがでたり点滴が漏れる…
「なんでこんな思いをしないといけないんだろう。」とストレスで涙が出てしまうこともありました。
さらにコロナ禍ということもあり、面会は禁止。誰にも会えず本当につらかったです。
それでも、お腹の赤ちゃんが元気に動いてくれていること、頑張ってくれていることが私の支えでした。



エコーで赤ちゃんの様子を見るその時間が、唯一の癒しの時間でした
入院中の暇つぶし
面会は禁止、家族も日中は仕事なので入院中は、時間との戦いでした。
私の場合、ベット上安静でシャワーは週3回、散歩や売店に行くこともNGでした。
そんな中、少しでも退屈しないように工夫していたことを紹介します!



幸い1人目の妊娠だったので、家のことはそれほど気にせずに過ごせました。
ゲーム・漫画・動画・TVが大活躍!
まず思いつく暇つぶしの定番ですね。
私はswitchを持ってきてもらい、ポケモンやあつ森などのやり込めるソフトで遊びました。
「こんなに自由にゲームができる時間は、人生で今だけだろうな…!」という気持ちでした。



1日中ベットでご飯を食べたり、ゲームをして過ごす日なんてありえませんよね(笑)
それから、スマホでは漫画を読み漁ったり、Amazonプライムの30日間無料体験に登録しました。
無料で対象の映画やドラマ、アニメが見放題なので、本当に助かりました。


Amazonプライムの無料体験以外にも、YouTubeやTVerで配信を見て過ごしていました。
入院中は消灯時間も早く、テレビを見るのにもテレビカードが必要なので、動画配信サービスはとてもありがたかったです。
ただし、注意点があります!
私が入院していた病院にはWi-Fiがありませんでした。
幸い、当時はギガ無制限のスマホプランだったので問題なく視聴できましたが、今のように格安プランにしていたら厳しかったと思います。
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【切迫早産】出産レポ&赤ちゃんの状態
そんな入院生活を送りながら、無事に36週を迎え、張り止めの点滴から解放されました。
このときの赤ちゃんの推定体重は2,300gほど。



特に大きな問題もなく、順調に育ってくれていました!
点滴を外してから、前駆陣痛のような張りは続いていましたが、陣痛にはつながりませんでした。
36週3日目に、「37週までもてば、退院して元の産院に戻ることもできるけれど、どうする?」という話が出ました。
1か月以上お世話になり、NICUや新生児専門の先生もいて安心できるこの病院で出産するか。
それとも、元の産院に戻るか。1日で決めなければなりませんでした。
いつ生まれるかわからない状態で悩みましたが、私は元の産院での出産を選び、病院間で連携を取っていただきました。



快く迎えてくれた産院には本当に感謝しています。
36週6日に無事に退院し、その足で元の産院を受診しました。
先生や助産師さんから「おかえり、頑張ったね!」と声をかけてもらい、本当に嬉しかったです。
子宮口は2cmほど開き、赤ちゃんの頭も下がってきていました。
医学的には37週未満は早産扱いとなるので、一旦帰宅にはなりましたが、絶対安静でした。
当時はコロナ禍だったこともあり、次の日にPCR検査に行き、その翌日の朝、入院の準備をして来るように言われ、1人でタクシーで病院へ向かいました。
診察の結果は子宮口3センチ、張りもきているとのことで、そのまま入院となりました。
「陣痛がきたら電話をして病院に行く」というような、思い描いていた出産とは全く違う始まりでした。
そこからはあっという間に進み、14時過ぎに無事、元気な赤ちゃんが生まれてきてくれました!
身長49cm、体重3,160g。
先生も「赤ちゃんの頭が下がってるので正確には測れない」と言っていましたが、推定より500g以上も大きくびっくりでした!



もし予定日までお腹にいたら…と思うと、ちょっと恐ろしいです(笑)
早産にはならなかったものの、念のため赤ちゃんは1日だけ保育器に入り検査を受けました。
黄疸の数値が少し高く、光線療法を1日受けましたが、それ以外は問題なく、無事に一緒に退院。
数日後の黄疸チェックもクリアし、その後も元気にスクスクと成長してくれています。
【2人目】自宅で安静生活


長男が切迫早産だったこと、仕事もかなりハードだったこともあり、妊娠7ヶ月に入る手前で退職しました。



出産までゆっくり長男との時間を楽しもうと思っていました。
上の子がいるなかでの自宅安静生活
長男の時と同じ産院に通っていたので、先生も早めから慎重に経過を見てくれていました。
妊娠25週4日、通常の健診で子宮頸管が3センチになっていることが分かり、張り止めの薬を服用しながら、自宅安静となりました。
この時点で、出産まではまだあと約3ヶ月。
「息子を残して入院するわけにはいかない」と思い、なんとか自宅で耐える生活が始まります。
幸いなことに、夫が仕事を調整できる環境だったため、息子の送り迎えや買い物など、すべてお願いしました。
突然、一緒に幼稚園や遊びに行けなくなり、息子には寂しい思いをさせてしまいましたが、少しずつパパと何でもできるようになっていく姿に感動の日々でした。
土日は楽しそうに2人で遊びに出かけたり、私のお腹を気づかってくれたり…。成長したなぁと、頼もしさを感じる場面もたくさんありました。
毎日、帰ってきてからの報告が私の楽しみで、「今のこの時間も大切な準備期間なんだな」と前向きに思うことができました。
この期間、祖父母たちにもよくお世話になり、息子とおばあちゃんたちの距離も縮まりました。
このとき、安静にしていればお腹の張りはほとんどなかったのですが、トイレなど少し歩くだけでもお腹がカチカチになってしまい、すごく怖かったのを覚えています。
健診は2週間おきになり、そのたびに「無事に家に帰れるかな」とドキドキでした。
自宅安静中の過ごし方
産院の先生からは「入院しているつもりで過ごしてね」と言われていました。
とにかく入院を避けたかったので、シャワーは1日おき、健診の日以外は家から出ない生活を続けていました。
日中過ごす場所は、ソファの上。動かなくて済むように、飲み物やおやつ、スマホ、本など必要なものはすべて周りに揃えていました。
夫も、普段はほとんど料理をしないのですが、この期間は本当に頑張ってくれました。
ちょうど冬だったこともあり、よく鍋を作ってくれました。
献立を考えるのが苦手な夫でも、鍋なら何でも入れられるので、栄養もとれて私にも息子にもぴったりのメニューでした。
多めに作ってもらい、翌日のお昼ごはんにすれば準備がラクであまり動かずに済み、助かっていました。
私自身は、なるべく座ったまま、冷凍のほうれん草を使って電子レンジでおひたしなどを時々作っていました。



息子の栄養が偏らないように気をつけていました。
自宅安静中の暇つぶし
入院中の暇つぶしで紹介したゲーム・漫画・テレビ・動画はもちろん大活躍でした。
今回はさらに、時間を有意義に使おうと思い、お金の勉強に挑戦しました。
税金や保険、投資のことなど、ほとんど理解せずにここまで生きてきました。
ですが、子どもが生まれて、今後の生活のことを考えると、「経済的に自立したい、賢く生きていきたい」と思うようになりました。



そんな超初心者の私が、最初に購入したのおすすめの本がこちらです!


数字・活字も苦手な私ですが、この本はカラフルでイラストが多く、対話形式なのでとても読みやすかったです。
内容も初心者向けで、ざっくりとお金の全体を知るのにぴったりでした。
【切迫早産】出産レポ&赤ちゃんの状態
家族のサポートのおかげで、自宅で過ごすことができ、35週頃から出産に向けた話が進んでいました。
まだ正期産ではなかったため、いろんなパターンを想定しながら準備を進める日々でした。
そして迎えた36週6日の健診。先生と助産師さんから言われたのは、「今日か明日には生まれるよ」と。すでに子宮口は3cm開いていました。
その日は一度帰宅することになったので、荷物の最終確認や長男の預け先を確保しました。



2人目となると、あの痛みを知っているだけに、いつ陣痛がくるのかと緊張感も倍増でした。
結局その日は陣痛は来ず、翌朝8時前に産院から電話がありました。
陣痛やおしるしもないことを伝えると、「進んでると思うから、今から荷物持って来れる?」と。
ちょうど祝日だったので、長男は実家に預け、母から「頑張れ!」とエールを受けて出発しました。
その時点で前駆陣痛のような張りはあるものの、痛みはまだ我慢できるレベル。
母も「本当に今日産むの?」という不思議な気持ちで送り出してくれたと思います(笑)。
前回と同じく呼び出しパターンでしたが、病院に着いたら、子宮口は6〜7センチ開いていました。
「やっぱり○○さん早かったね!」「間に合ってよかった」と助産師さんって本当にすごいなあと思いました。
私のように陣痛が来ていないのに子宮口が開いていくタイプもあるそうで、進みをサポートするために促進剤を飲むことに。
そして、そこからは本当にあっという間でした。
朝9時に入院して、お昼前には元気に生まれてきてくれました。
身長48cm、体重2,842g。
37週ちょうどの出産でギリギリ早産ではありませんが、今回も早めの出産ということで、念の為検査を受けました。
分娩台で自分の処置を終え、休んでいるところに先生がやってきて告げられたのは「低血糖の症状が出ている」とのこと。
赤ちゃんだけが大きな病院へ転院し、検査や治療を受けることになりました。
新生児専門の先生がドクターカーで駆けつけ、処置を行い、最後にもう一度だけ抱っこしてお別れしました。
後から聞くと、低血糖以外にも多呼吸・消化不良・貧血などの症状がありました。
ただ、いずれも一過性のもので大きな心配はないものでした。
それでも、あんなに小さな体にたくさんの管が繋がれた姿を見るのは本当に胸が痛みました。
「赤ちゃんががんばっているから、私もがんばろう」と思い、しっかり休んで体を回復させることに専念。
入院中は、夫が面会に行ってくれていたので、息子たちの動画を見て励まされました。
私は数日で退院し、それからは毎日面会へ。
2週間ほどで無事に退院することができ、ようやく家族4人揃っての生活がスタートしました。
退院後も貧血のお薬はしばらく飲みましたが、1歳になった現在、特に大きな病気をすることもなく、よく食べてよく笑う元気な男の子に成長中です!
生まれてすぐに母子が離れ離れになってしまい、「大丈夫かな…」という不安も大きかったのですが、退院後はちゃんと抱っこが大好きな甘えん坊で安心しました。



面会に行くと1人でずっと寝ていたのに(笑)
まとめ|切迫早産を2回経験して思うこと
改めて感じるのは、妊娠・出産は本当に何が起こるか分からないということ。
そして、誰ひとりとして同じ出産なんてないんだなということです。
私自身、思い描いていたマタニティライフや出産とは全然違い、やりたいことができずに悔しかったなと思うこともあります。
それでも、家族や医療の支えがあったからこそ、乗り越えることができ、無事に生まれてきてくれて本当によかったです。
2人とも少し早めの出産になり、それぞれ治療もしましたが、経過も問題なく元気に大きくなっています。
色々な制限はあると思いますが、その中でできる自分の好きなことや楽しみを大切にして、少しでもストレスなく過ごして欲しいと思います♪
今は無理をせず、赤ちゃんとご自身の体をいちばんに大切にしてくださいね。
最後まで読んでいただきありがとうございました。